多津瀬
人の五感で楽しみたい美味しさと、どこか懐かしい佇まいの和菓子屋。
繊細さとこだわりは失わず。
自然と向き合ってきた和菓子づくり。
創業昭和28年。ようやく戦後が終わりかけた頃に、繁華街の一本通りを入ったうらぶくろを選んで「多津瀬」はオープンした。「裏通りまでわざわざ足を運んでいただけるような店であるように」という先代の思いがあったからだという。和菓子づくりは始まりから終わりまで手仕事。特に生菓子は、一つを生み出すための苦労もあり、鏡のように季節のものを写しとり、また和歌や俳句にも造詣が深くないと新しいものは生み出せないらしい。こしあんやつぶあんなどを使って、自然の微妙な表情を何度も繰り返し表現するのだそう。
そうして生み出された商品一つにも名前がつき、それに見合う名で呼ばれ、茶席で呼ばれて紹介されることもある。お客は和菓子を通して季節を知ったり、名を聞いてほんわりと良い気分になるのだ。
生活にどうしても必要なものではないかもしれないけれど、ないと寂しいし、あるとそれまでの何倍も気持ちが豊かになる。そんな和菓子と「多津瀬」は、毎日試行錯誤を繰り返しながら一生懸命向き合っている。
それぞれ名前をもらい顔出しする瞬間。
和菓子は一つずつに個性がある。
四季を幾通りに分けたら、「多津瀬」の考える和菓子のイメージが出来上がるのだろうか。商品案内を見ると月別(取材時11月)のお菓子は約5つ。さらにその他として、かるかん粉や小麦粉、米粉、白あんなど素材を変えたものが約9つ。それぞれに名前がつけられ、イメージする景色や、それに込められた願いなどが詳細に書き込まれている。一つひとつにみんな個性がある。人気は「くるみゆべし」と「氷牡丹」。「氷牡丹」は、銀紙に包まれている。黄身あん、こしあん、つぶあんの三種を使い、あんの周りには溶けていくような淡雪が。銀紙で外気に触れにくいこともあり、少し日持ちがするのがうれしい。
街の中で自然を知ることも。
春の私の花見スポットは、袋町公園。
自然の移ろいから和菓子づくりのインスピレーションをもらうこともあるため、時間がある時には袋町公園へ行って空を眺めたりすることも。春には桜の咲き具合を見たり、夏は木陰、秋には日一日と色を変える紅葉と、大きなどんぐりとザクロの木もあるとか。世良さんは「見ているだけで楽しいですよ」と少しホッとしたような表情になった。陽の長さや短さも感じることができる。